大判例

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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)330号 判決 1969年6月23日

原告

伊藤小百合

ほか二名

被告

小野ツヨ

ほか一名

主文

被告らは各自原告伊藤小百合に対し、金三〇五、二四一円及び昭和四一年四月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支支払え。

原告伊藤小百合のその余の請求はこれを棄却する。

原告伊藤勇、同伊藤シナの各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用については、原告伊藤小百合と被告らとの間に生じた部分についてはこれを四分し、その三を原告伊藤小百合の負担とし、その余を被告らの負担とする。また、原告伊藤勇、同伊藤シナと被告らとの間に生じた部分は、同原告らの負担とする。

この判決は、原告伊藤小百合において、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自原告伊藤小百合(原告小百合という)に対し金一、三八六、五六二円、原告伊藤勇(原告勇という)、原告伊藤シナ(原告シナという)に対し各金二〇〇、〇〇〇円並に右各金員に対し、昭和四一年四月八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因を次のとおり述べた。

一、本件交通事故の発生

原告小百合は、昭和四〇年一〇月三〇日午後二時五〇分頃、東京都大田区大森七丁目一八一番地先の第一京浜国道から羽田街道方面に通じる幅員約六・五米の道路(本件道路という)上において、これを羽田街道方面に向つて進行中の被告小野勝雄(被告勝雄という)の運転する被告小野ツヨ(被告ツヨという)所有の小型三輪貨物自動車(品六す五五二三、加害車という)の右前扉附近に接触転倒させられた上、後部右車輪に左足をひかれ重傷を負つた。

二、傷害の部位程度

本件交通事故により、原告小百合は左脛骨々折兼左第一、二中足骨々折、踵骨々折の重傷を負い、昭和四〇年一〇月三〇日から東邦医科大学附属病院に入院して、足関節部の切開手術及び、皮膚移殖手術をうけ同年一一月二二日退院したが、その後も患部はギブスで固定し、同年一二月二四日に至り、漸くギブスを除去したが全治せず、現在左のとおりの後遺症創痕等が認められる。

(一)  外傷性内反足

(二)  拇趾背屈力の減弱

(三)  足根部の運動制限、跛行

(四)  足背部から足関節前面にかけて、巾三糎、長さ約七糎の暗紫色の創痕が残つている。

なお現在に至るも足の痛みがとれず、靴下をはく時苦痛を訴えるほか、厚地の靴下をはかなければ歩けない状況にある。

三、責任原因

(一)  本件交通事故は、被告勝雄の運転上の過失により惹起されたものである。即ち、原告小百合はその母である原告シナ、訴外名取春子らと共に路端に居たが、交通事故発生の直前原告小百合は道路を横断しようとして歩行中であつた。被告勝雄は、原告らの姿を認識していたのであるから、絶えずその挙動に注意し、自動車の接近を知らせると共に幼児の保護のため、進路、速度の点につき万全の措置を講ずべきであるにも拘らず、かかる義務を怠り漫然進行して、その結果本件交通事故を惹起せしめたのである。

(二)  したがつて、被告勝雄は不法行為者として民法第七〇九条に基き、又被告ツヨは加害車を自己のため運行の用に供しているものとして自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条に基き損害を賠償しなければならない。

四、原告小百合の損害

(一)  原告小百合は、原告勇、原告シナの長女として昭和三八年二月一一日に生れ、本件交通事故前は心身共に標準以上の発育を遂げてきたが、本件交通事故による受傷のため、発育もおくれ、右後遺症などにより、将来の所得能力、職業適応能力に悪影響を受けることは明らかである。

ところで、原告小百合の後遺症の程度は自賠法施行令別表一二級の一一に相当するものであり、右と同様の後遺症は、労働省労働基準局長昭和三二年七月二日基発五五一号「労災保険法二〇条の規定の解釈について」という通ちようによると、労働能力を一四パーセント喪失したものと扱われている。よつてこれに従い逸失利益を算定すると、別紙計算書(一)のとおりその額は金八八六、五六二円となる。

(二)  慰藉料

原告小百合が、直接本件交通事故によつて被つた精神的肉体的苦痛のほか、右の後遺症のほか、同原告の学校生活並びに職業及び配偶者の選択等に及ぼす影響は測り知れないものがある。そこでこれらの諸事情を綜合して考えると、慰藉料の金額は金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

五、原告勇、同シナは、親として長女の原告小百合に格別の愛情を抱いていたところ、本件交通事故により筆舌に尽しがたい程の精神的な苦痛を受けた。その上、原告小百合が外見上明らかな身体傷害者となつたため、将来にわたり教育について多大の心労があることは予想に難くない。これらの事情を考慮すれば、原告勇、同シナの慰藉料は各金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

六、よつて、被告らは各自原告小百合に対し、金一、三八六、五六二円、原告勇に対し、金二〇〇、〇〇〇円、原告シナに対し、金二〇〇、〇〇〇円、並びに右各金員に対し本件訴状送達の翌日である昭和四一年四月八日以降支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。〔証拠関係略〕

被告らは、「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告ら請求原因事実中、原告ら主張の日時場所において、原告小百合が加害車により負傷傷害の程度を除く)したこと、被告ツヨが加害車を運行の用に供していたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

被告らは仮に損害賠償の義務があるとしても過失相殺を主張する。

原告シナは、当時未だ二才の幼児であつた原告小百合を同伴し、自動車の通行する道路に面した訴外名取宅軒下において、手をひくなどの注意を怠り、訴外名取と立話をしていた。ところが、原告小百合は道路の向う側から、友達に呼ばれたため、独り道路の横断をはじめ、本件交通事故となつたものである。原告シナの親権者としての監護義務を怠つた過失は極めて大きいから、賠償額の算定に当りこれを斟酌されるべきである。〔証拠関係略〕

理由

一、原告ら主張の日時場所において、原告小百合が加害車により負傷(傷害の程度を除く)したこと、被告ツヨが加害者の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると、原告小百合は本件交通事故により左脛骨々折兼左第一、二中足骨々折、踵骨々折の傷害を受けたこと。昭和四〇年一〇月三〇日から同年一一月二二日迄二四日間東邦大学病院に入院し、足関節前部に減張切開手術及び皮膚移殖を行つた。退院後も、同年一二月二四日迄患部をギブスで固定し、通院していた。その後、東京厚生年金病院、東京大学附属病院に通院し、治療を受けたが、左足第一趾背屈不如意、左足背に長さ六糎、幅三糎の植皮跡の後遺症を残した。なお、原告小百合は、歩くときは普通に歩くことができるけれども走ると跛行が目立つ。しかし、これは将来の成長により、治ゆに向うか悪化するか予測できないことを認めることができる。

三、次に、被告勝雄の過失について考える。

〔証拠略〕を綜合すると次の事実を認定することができる。

被告勝雄は、加害車を運転して幅員六・五米の本件道路を羽田街道方面に向つて、時速二五粁ないし三〇粁の速度で進行していた。ところが本件交通事故現場付近で、前方道路左側に駐車中の車両を、道路右側端に原告シナが訴外名取春子と立ち話しをしていて、そのうしろに原告小百合(当時二年八月)が手をひかれることなく立つているのを認めた。原告小百合が道路中央にとび出してくる様子がなかつたので、被告勝雄は加害車の右速度を減ずることもなく、そのまま進行を続け、駐車車両を避けるため道路右側に進出しようとしたところ、原告小百合が、数米前方に、道路中央に向つて走り出しているのを発見し、あわてて急停車したが間に合わず、加害車の右前扉附近(本件道路の右端線からの距離は約三米)に接触させてこれを転倒させ、加害車の後部右車両で左足を轢いたことが認定される。右認定に反する〔証拠略〕は、加害車の秒速、制動距離、原告小百合の移動時間などに照らし信用することができない。

自動車の運転者は、道路端に幼児が立つているのを発見したときは、何時道路上に走り出すかもしれない可能性があるからあらかじめ速度を減じ、かつ、前方左右に対する注意を厳にして、不意に幼児が走り出しても、いつでも停止できるような態勢で運転すべき注意義務がある。

前記認定のとおり、母親が幼児の傍らで立ち話をしていても、往々にして子供に対する注意を疎かにし勝ちであるから、幼児の手をひいていない限り、これが走り出す可能性を全く否定することかできないし、又前方駐車車両を避けるため道路右側にはみ出して幼児に接近して通過しようとしたのであるから、減速もしないで漫然進行した被告勝雄に過失があること言うまでもない。

四、原告小百合の損害

(一)  将来の得べかりし利益

原告小百合の後遺症の程度は前記二、において認定したとおりであるから、諸般の事情を考慮すると、労働能力の喪失率は一〇パーセントと評価するのが相当である。よつて逸失利益を算定すると、別紙計算書(二)のとおりその額は金四八四、一三八円となる。

(二)  過失相殺

原告シナは、僅か二年八月の幼児である原告小百合を帯同し、交通頻繁な道路端で訴外名取春子と立ち話しをしていたのであるから、わが子の手をつなぎ、または、目をはなさずして見守り、もつて交通事故を未然に防止すべき子の監護者としての注意義務があつたにもかかわらず右義務を怠り、漫然原告小百合をうしろに立たせていたのであるから、本件事故について過失のあつたことは明らかである。そうすると、右過失を原告側の過失として、前項記載損害額のうちその七割を減じたものを原告小百合の損害として認容するのが相当である。これによると、その額は金一四五、二四一円となること計数上明白である。

(三)  慰藉料

原告小百合の受傷の程度、後遺症および本件交通事故の原因態様など諸般の事情を斟酌すると、同原告に対する慰藉料は金一六〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

五、原告勇、同シナはそれぞれ自己に対し慰藉料を請求する。しかしながら、原告小百合の父母である原告らは、被害者である原告小百合が、生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎり、自己の権利として慰藉料を請求できるものである。原告らの精神上の苦痛が、右程度に至らないこと、前記傷害の程度に照らし明らかであるから、同原告らの請求はいずれもこれを棄却することとする。

六、そうすると、被告らは各自原告小百合に対し、金三〇五、二四一円及び本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四一年四月八日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない義務がある。

よつて、原告小百合の本訴請求は、右の限度で認容し、その余を失当として棄却することとし、原告勇、同シナの本訴請求は、いずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を夫々適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

〔別紙〕 計算書(一)

(1) 女子労働者の平均年間所得

1月当り……金19,900円

1年当り……金19,900円×12=金238,800円

特別手当を加算すると

金238,800円+金45,300=金284,100円

(2) 稼働期間

18才より60才迄の42年間

(3) 42年間の中間利息を新ホフマン方式により年五分の割合で控除する際の指数 22.29

(4) 労働能力の喪失率 14%

(5) 中間利息を控除した42年間の逸失利益の総額

金284,100円×14/100=金39,774円

金39,774円×22.29=金886,562円

計算書(二)

(1) 女子労働者20才時の全国平均賃金

(労働者労働統計調査部編「賃金センサス」昭和40年第1巻による)

1月当り……金18,100円

1年当り……金18,100円×12=金217,200円

(2) 稼働期間

18才より60才迄の42年間

(3) 42年間の中間利息を新ホフマン方式により年5分の割合で控除する際の指数 22.29

(4) 労働能力の喪失率 10%

(5) 中間利息を控除した42年間の逸失利益の総額

金217,200円×10/100=金21,720円

金21,720円×22,29=金484,138円

備考

1) 42年間稼働する女子は全体のうちの或る部分にすぎないことから、損害額を控え目に計算するため、女子労働者の全国平均賃金を20才時にとり、これを基準とした。

2) 損害額を控え目に計算するため臨時給与も加算しないこととした。

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